久保建英、背番号8に込めた「引き継ぐ」という言葉

2026年5月15日、W杯北中米大会に臨む日本代表26人が発表され、久保建英の名前が順当に名を連ねた。5月27日には背番号も発表され、負傷で出場を逃した南野拓実がつけていた「8」を継承することが決まっている。この番号について久保は「他の誰かがつけるくらいなら自分が着けたかった」と語った。

この一言に、2022年カタール大会からの4年間の変化が凝縮されている気がする。

「最年少」から「中心選手」への4年間

カタール大会時、久保は21歳で日本代表最年少メンバーだった。ドイツ・スペインを撃破する歴史的な瞬間をピッチで経験しながら、クロアチア戦のPK戦で敗退する悔しさも味わっている。

あれから4年。今大会では、鎌田大地とともに中盤を組み、堂安律・伊東純也と連携しながら攻撃の中心を担う立場になった。「若手の一人」ではなく「チームを背負う選手」への変化は、本人の言葉を借りるなら「日本は戦える国だ」という信念に支えられているという。

数字で見る強化ポイント

抽象的な「創造性」だけでなく、実際の数字を見てみる。

2026年W杯アジア最終予選では11試合4得点8アシスト。2025年6月のインドネシア戦(6-0)では1得点2アシストを記録し、日本の攻撃をほぼ一人で組み立てた。日本が開催国以外で最も早くW杯出場権を手にした一戦、バーレーン戦でも得点に絡んでいる。

クラブでの成長も着実だ。所属するレアル・ソシエダでは、2022-23シーズンにラ・リーガ35試合9得点4アシストでクラブ年間最優秀選手に選出。2023-24シーズンは30試合7得点4アシストを記録し、ラ・リーガの月間MVPを日本人として史上初めて受賞している。

遠回りしてたどり着いた今の立ち位置

久保のキャリアは順調な直線ではなかった。幼少期にFCバルセロナの下部組織に所属していたが、13歳のときFIFAの制裁により日本への帰国を余儀なくされ、FC東京で再出発している。18歳でレアル・マドリードに加入したものの、EU圏外枠の制約もあってトップチーム定着はならず、マジョルカ・ビジャレアル・ヘタフェへの期限付き移籍を4年間繰り返した。2022年、レアル・ソシエダへ完全移籍し、イマノル監督とダビド・シルバの指導のもとで頭角を現した。

寄り道の多いキャリアを経て、今ようやく「エース」と呼ばれる立場に来ている。

専門家が指摘する課題

持ち上げるだけの記事にならないように、懸念点も書いておく。海外の分析では、久保はクラブレベルで強度の高いプレスをかけてくるチームを相手にした際にパフォーマンスが不安定になる時期があること、また体格面の制約が1対1の局面で影響することが指摘されている。W杯という大舞台でこの弱点がどう出るかは、専門家も注目しているポイントだ。

日本はグループFで、初戦のオランダを含みチュニジア・スウェーデンと同組。強豪相手の初戦で、どんなプレーを見せるかが最初の判断材料になりそうだ。

まとめ

久保建英が今大会で注目される理由は、雰囲気や期待感だけの話ではない。予選11試合で4得点8アシストという実績、クラブでの日本人初となるラ・リーガ月間MVP受賞、そして13歳での挫折を経て遠回りしながらたどり着いた「背番号8」という立場。数字と経歴の両方が、その評価を裏付けている。


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