緩和ケアにおける音楽のちからとは|聞こえる耳がつなぐ心のケア

「もう意識がないから、話しかけても仕方ない」——そう思ってしまう人は多いかもしれません。でも実は、人は死の直前まで耳だけは聞こえている可能性が高いと言われています。だからこそ緩和ケアの現場では「音楽療法」が注目されているんです。今回は、聴覚がなぜ最後まで残りやすいのか、音楽療法にどんな効果があるのかを、私自身の体験も交えてお伝えします。

なぜ聴覚は最後まで残ると言われているのか

視覚や味覚、嗅覚は体を動かさないと働きにくい感覚ですが、聴覚は音が耳に届けば脳まで信号が伝わる「受動的な感覚」。体を動かす力がなくなっても、脳への血流さえ保たれていれば機能しやすいと考えられています。

大阪大学医学部の髙島庄太夫教授は、幼少期にショック状態に陥った際、視覚や味覚、注射の痛みすら感じなくなっていた中で、周りの会話だけははっきり聞こえていたと振り返っています。まさに聴覚だけが最後まで働き続けていたということですね。

2020年にカナダの研究チームが発表した論文でも、反応が見られなくなった終末期の患者の脳波を調べたところ、音に対する脳の反応が確認されたと報告されています。完全な証明とまではいかなくても、脳が音を処理し続けている可能性は科学的にも示されつつあるんです。

緩和ケアにおける音楽の力

外部からの音は、心身の状態を整え、生活の質(QOL)を高めるケアのこと。緩和ケア病棟やホスピスでは、音楽療法士が患者さんに合わせて曲を選んだり、家族と一緒に歌ったりするセッションが行われています。

国内の緩和ケア病棟で末期がん患者16名に音楽療法を行った報告では、多くのケースで良い反応が見られ、酸素飽和度の改善や、意識レベルが下がった患者さんに意欲が見られた例もあったそうです。大規模なエビデンスはまだ確立していませんが、日本緩和医療学会のガイドラインでも、検査や治療にともなう苦痛の軽減に役立つ可能性が示されています。命を延ばすものではないけれど、その人らしく穏やかな時間を過ごす助けになる——そんな位置づけと言えそうです。

体験談:ピアノの音が繋いだ最後の会話

私の母が緩和ケア病棟に入院していたとき、病棟には「音楽療法室」がありました。2時間ほど借りて、昏睡状態の母をベッドごと運び入れ、ピアノが得意な孫に演奏してもらったんです。

すると、それまでピクリとも動かなかった母の唇が、ほんの少しだけ緩んだように見えました。歌に合わせて手拍子をしていたら、母の手もかすかに動いていたんです。意識がないように見えても、音は届いていたのかもしれない——そう感じた瞬間でした。

耳が最後まで聞こえているのなら、「大丈夫だよ」という安心させる言葉や感謝の気持ち、昔の思い出話を伝えてあげたいと思いました。

家族にできること

  • 最後まで声をかけ続け、安心させてあげる
  • 好きだった音楽をかけたり、本を読み聞かせたりする
  • 手や足、体をそっとさすってスキンシップを取る

反応が返ってこなくても、届いている前提で接することが、本人にとっても家族にとっても、心を支える時間になるはずです。

まとめ

聴覚は最後まで残りやすい感覚だと考えられています。だからこそ緩和ケアの現場では、音楽療法という形でその人らしい穏やかな時間を作る取り組みが広がっているんですね。大切な人の終末期に立ち会うことがあれば、「聞こえているかもしれない」という前提で、言葉や音楽を届けてあげてほしいと思います。


参考情報

  • 髙島庄太夫「最後まで残る感覚、聴覚について」大阪大学大学院医学系研究科・医学部
  • Blundon, E.G., Gallagher, R.E. & Ward, L.M. “Electrophysiological evidence of preserved hearing at the end of life.” Scientific Reports 10, 10336 (2020)
  • 日本緩和医療学会「がんの補完代替医療ガイドライン」音楽療法の項目
  • J-Stage掲載論文「緩和ケアにおける音楽療法の導入とその効果について」
  • 日本音楽療法学会 公式サイト

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