氷の姫トゥーランドット|謎かけとリューの最期

この作品はイタリアの大作曲家ジャコモ・プッチーニが最後に手がけた、そして未完のまま世を去った特別な一作。舞台は伝説時代の中国・北京、氷のように冷たいトゥーランドット姫、祖国を追われて流浪していたタタール(韃靼)の王子カラフ、生き別れていた盲目の父ティムールとの再会、そしてその王を支えてきた女奴隷リューという、濃いキャラクターと心揺さぶられる内容です。

この記事では、5つの疑問に答えながら、筆者なりの感想や見方も交えて紹介していきます。

トゥーランドット第 2 幕第 2 場セット デザイン(1924 年)

トゥーランドットの意味

「トゥーランドット(Turandot)」は、もともと中国の女性の名前ではありません。ペルシャ語の「トゥラーン・ドフト(Turandokht)」、つまり「トゥラーンの娘」に由来すると言われています。トゥラーンとは中央アジアの古い地域名で、いわゆる「異国の姫」というニュアンスを持つ名前です。

つまりこの物語、実は中国が舞台なのに、ヒロインの名前自体はペルシャ由来という、ちょっとねじれた成り立ちをしています。

  • 姫の名前=「異国(トゥラーン)の娘」という意味合い
  • 中国風の衣装や音楽で描かれるが、ルーツはペルシャ〜中央アジア圏
  • 作品全体に「東洋への憧れ」というヨーロッパ側の視点が色濃く出ている

このあたりは、当時のヨーロッパで流行していた「オリエンタリズム(東洋趣味)」の影響も感じられ、実際の中国文化そのものというより、西洋人が思い描いた「異国のイメージ」として理解しておくと納得しやすいです。

この物語のルーツはあるの?

トゥーランドットの物語には、はっきりとしたルーツがあります。18世紀初頭、フランスの東洋学者フランソワ・ペティ・ド・ラ・クロワが1710〜1712年に出版した説話集『千一日物語』の中に、「カラフ王子と中国の王女の物語」という一篇があり、これが原型とされています。

その後1762年、ヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴッツィがこの物語を戯曲化。プッチーニのオペラは、このゴッツィ版をベースに、台本作家のジュゼッペ・アダーミとレナート・シモーニが脚色したものです。

さらに遡ると、こうした「謎解き姫」の物語型そのものは、12世紀ペルシャの詩人ニザーミーの叙事詩にまで系譜がたどれるとも言われています。つまりトゥーランドットは、

  • ペルシャの説話文化
  • 18世紀フランスの東洋趣味
  • イタリアオペラの様式美

という、いくつもの文化が層になって出来上がった作品なんですね。個人的には、一つの国や時代の話ではなく「いろんな地域の物語が混ざり合ってできた合作」というのが、この作品の面白さの一つだと感じています。

カラフに課された3つの謎かけとは?

物語のクライマックスの一つが、カラフがトゥーランドット姫から出される3つの謎に挑む場面です。姫は求婚者に謎を出し、解けなければ処刑、逆に解けば結婚するというルールを課しています。実際に姫が出す3つの謎の答えは、次の通りです。

  • 1つ目の謎の答え:「希望(Speranza)」
  • 2つ目の謎の答え:「血潮(Sangue)」
  • 3つ目の謎の答え:「トゥーランドット(Turandot、姫自身の名前)」

謎かけの内容自体は比喩的で詩的な表現になっていて、答えを知らずに聴いていると「え、そういうことだったのか」と後から気づくタイプのなぞなぞです。カラフは見事に3問すべてに正解しますが、姫はそれでも結婚を渋ります。そこでカラフは逆に「では、私の名前を夜明けまでに当ててみせてください。当てられなければ、私は喜んで私の命を差し出しましょう」と提案し、物語は後半のクライマックスへと進んでいきます。この意味は、自分の名(愛)を知ることなく処刑するか、愛を受け入れるかという究極の選択を姫に迫るための謎です。

この「謎かけバトル」は音楽的にも緊張感のある二重唱として書かれていて、実際に舞台で見ると手に汗握る場面です。ただ、正直に言うと謎の内容自体はやや説明的で、初めて観る人には多少わかりにくい部分もあります。字幕や対訳を事前にチェックしておくと、より楽しめると思います。

女奴隷リューと命

この物語でもっとも心を揺さぶられるのが、女奴隷リューの存在です。リューはカラフの父ティムールに長年付き添い、盲目の王を支えてきた人物で、実はひそかにカラフを愛しています。

トゥーランドットがカラフの名前を知ろうとして、その名を知っているはずのリューを捕らえて拷問する場面があります。しかしリューは、カラフの名前を最後まで明かさず、自ら命を絶つことを選びます。

  • リューはカラフに片思いのまま、見返りを求めない
  • 拷問を受けても口を割らず、自害してカラフの秘密を守る
  • 死の直前に歌われるアリア「氷のような姫君の心も」は、この作品屈指の名場面

原作のゴッツィの戯曲にはリューというキャラクターは登場せず、プッチーニたちが新たに作り上げた人物だとされています。冷酷なトゥーランドットと対照的な「無償の愛」を体現させるために生まれたキャラクターというわけです。個人的には、正直このリューの自己犠牲がやや「都合よすぎる悲劇」に感じられる瞬間もあって、手放しで美しいとは言い切れない部分もあります。ただ、それでもこの場面の音楽の説得力は圧倒的で、劇場で聴くと涙腺に来る人は多いと思います。

なぜ「未完成」と言われるのか?

トゥーランドットは、しばしば「未完成のオペラ」と紹介されます。これは決して比喩ではなく、文字通りの事実です。プッチーニは1924年、第3幕の「リューの死」の場面まで作曲を終えたところで病により亡くなり、その先を書き上げることができませんでした。

初演(1926年4月25日、ミラノ・スカラ座)では、指揮者アルトゥーロ・トスカニーニがプッチーニの書いた部分まで演奏を進めたあと、一度指揮棒を置き、「ここで作曲家はペンを置いて世を去った」という趣旨の言葉を客席に告げたというエピソードがよく知られています。その後の部分は、プッチーニの残した草稿をもとに、弟子であり友人でもあった作曲家フランコ・アルファーノが補筆・完成させました。

  • 未完成の理由は基本的には「作曲途中の病死」
  • ただし一部の研究者からは「結末にプッチーニ自身が納得できていなかったのでは」という見方もある
  • 現在上演される版の多くはアルファーノ版がベースだが、後年には別の作曲家による補筆版も作られている

筆者としては、この「未完成」という事実を知ってから聴くと、リューが死んでいくあの場面が単なる悲劇の一場面ではなく、「作曲家自身の人生の終わり」と重なって見えてきて、また違った感慨があります。ここから先は他人の手による音楽だと思うと、少し寂しい気持ちにもなりますが、それも含めてこの作品の運命だったのかもしれません。

おまけ・・・

まとめ

トゥーランドットは、氷のように冷たい姫と流浪の王子の恋愛劇であると同時に、ペルシャの説話からイタリアオペラへと受け継がれてきた物語の集大成でもあります。3つの謎かけの緊張感、女奴隷リューの自己犠牲、そして作曲家プッチーニ自身の死によって生まれた「未完成」というドラマ性。この作品には、ストーリーの外にも語るべき背景がたくさんあります。

美しいだけでなく、少しいびつで、都合の良さも感じさせる物語だからこそ、100年近く経った今でも世界中の歌劇場で上演され続けているのだと思います。もしこれから初めて観る、あるいは聴く機会があるなら、ぜひ3つの謎の答えとリューの最期、そして「ここでプッチーニの筆が止まった」という瞬間を意識しながら楽しんでみてください。

参考情報

新国立劇場

日本橋オペラ 名曲324辞典

NBS日本舞台芸術振興会

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