子どもの頃に読んだ絵本を、大人になってから読み返すと、驚くほど違う景色が見えることってありませんか。今日紹介する『にぐるまひいて』(原題:Ox-Cart Man)は、まさにそんな一冊です。派手な展開もオチもない、ただ淡々と一年の暮らしが描かれるだけの絵本なのですが、読み終えたあとにじんわり残る余韻がすごい。子育て中の方はもちろん、絵本好きの大人にこそ手に取ってほしい作品なので、その魅力をじっくり語らせてください。
『にぐるまひいて(原題 Ox-Cart Man)』
— ちくわ Chikuwa (@nwp_u) August 25, 2024
絵 バーバラ・クーニー(Barbara Cooney)
作 ドナルド・ホール
訳 もきかずこ ほるぷ出版
日々の日常をバーバラ・クーニーの絵が飾る素敵な絵本。ゆっくりしたいときにぜひ。アメリカのコールデコット賞受賞作品。https://t.co/kJznk1udwQ pic.twitter.com/M1Uel12Dww
『にぐるまひいて』ってどんなお話?
舞台は19世紀はじめのアメリカ・ニューハンプシャー州の農家です。お父さんは、家族みんなで一年かけて育てた野菜や手作りの毛織物、蜂蜜やメイプルシロップなどを牛車いっぱいに積み込み、何日もかけてポーツマスの街の市場まで売りに行きます。街に着くと荷物だけでなく、なんと荷車そのものと、それを引いてきた牛までも売ってしまうのです。牛の鼻先にキスをして別れを告げるシーンは、初めて読んだときちょっと切なくなりました。
売ったお金で家族へのお土産や必要な道具を買い、お父さんは歩いて家へ帰ります。そしてまた新しい一年、野菜を育て家畜の世話をし、メイプルシロップを採取する暮らしが始まる——という静かな循環が、この絵本の核になっています。
この絵本が生まれた経緯
実はこの絵本、最初から絵本として書かれたわけではありません。著者のドナルド・ホールは1977年、雑誌「ザ・ニューヨーカー」に同じタイトルの詩を発表しています。この詩は、ホール自身が子どもの頃に親戚から聞いた昔語り、「さらにその人も、若い頃に別の年老いた人から聞いた話だ」という、何世代にもわたって語り継がれてきた話がもとになっていると、後年本人がエッセイで振り返っています(参照:Slate誌「How Donald Hall changed Ox-Cart Man from the poem to the children’s book」)。
詩の段階では家族の描写はほとんどなく、男がひとりで荷物を作り市場へ向かう話だったそうです。それを絵本化する際にホールが家族というモチーフを加えたことで、「自分だけの労働」から「大切な人のために毎年を積み重ねていく物語」へと質感が変わった、という指摘は個人的にとても納得感がありました。1979年に絵本として出版され、翌1980年にはコールデコット賞を受賞しています。
昔の家族の一年を描いた絵本、四季の暮らしがぎゅっと詰まっている
この絵本のすごいところは、派手な事件が何も起きないのに飽きさせないところだと思います。春夏秋冬、それぞれの季節にやるべき仕事があって、家族それぞれが役割を持って淡々とこなしていく。羊の毛を刈る、蜂蜜を集める、メイプルシロップを煮詰める、冬に向けて薪を割る……そうした地道な積み重ねが、秋になって荷車いっぱいの収穫として実を結ぶ構成になっています。
正直なところ、テンポはかなりゆっくりで、刺激的な展開を求める子にはやや退屈に感じられるかもしれません。うちで読んだときも、最初は「これで終わり?」という反応でした。ただ繰り返し読むうちに「一年かけて何かを作り上げる」感覚がじわじわ伝わるようで、何度目かの読み聞かせでは黙って絵を見つめる時間が増えていったのが印象的でした。
バーバラ・クーニーの絵がこの絵本にいい味を出している
文章を手がけたドナルド・ホールに絵を寄せたのが、バーバラ・クーニーです。この絵本で1980年のコールデコット賞を受賞していますが、実はクーニーはこれ以前にも『チャンティクリアときつね』で同賞を受賞しており、二度受賞している数少ない絵本作家のひとりです(参照:絵本ナビ、ほるぷ出版公式サイト)。
個人的に好きなところ
正直に言うと、私はこのクーニーの絵がとても好きです。派手な色使いではないのに、季節の空気や光の質感がちゃんと伝わってくる。特に冬の場面の、雪と薄いピンク色の空の組み合わせは、何度見ても見入ってしまいます。素朴なタッチの中に家の造りや家族の表情まで丁寧に描き込まれていて、読むたびに新しい発見があるのも、何度も手に取ってしまう理由のひとつです。
何歳からでもOK。読み聞かせにも、大人の一人読みにも
対象年齢としては4〜5歳ごろから、というのが一般的な目安のようですが、個人的には「何歳からでもOK」な絵本だと思っています。小さな子には季節の移り変わりや家族の温かさが伝わりますし、大人が読めば「一年かけて積み上げていく暮らし」そのものに静かに心を動かされる。読み聞かせにも向いていますし、大人がひとりで、お茶でも飲みながらゆっくりページをめくるのにもちょうどいい一冊だと感じています。
まとめ
『にぐるまひいて』は、劇的な事件が起こらないのに、読み終えると心に何かがじんわり残る絵本です。昔の家族が一年をかけて紡いだ暮らしと、それを支えたバーバラ・クーニーの絵。この組み合わせがあってこその名作だと思います。子どもと読むのはもちろん、大人になった今だからこそ響く部分もきっとあるはず。気になった方、ぜひ一度手に取ってみてください。



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